大混乱の米大統領選で見られる「コロナと反グローバリズムとアメリカ」の真実(仲正昌樹) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

大混乱の米大統領選で見られる「コロナと反グローバリズムとアメリカ」の真実(仲正昌樹)

分断が深まるアメリカはどこへ行くのか?

■バイデン氏が掲げている「オバマ・ケアの維持・拡充」

 加えてホワイトハウスで自らを含むクラスターを生み出したことが大きなマイナス要因になった。自己管理さえできない人間に、国民の健康を管理できるのか? 軽症ですんでいれば、コロナが大したものではないことを身をもって証明した、先見の明ある大統領になれていたかもしれないが、一時症状が深刻になり、酸素吸入器を装着したと報道されたことで、負のイメージを払拭できなかった。コロナ感染を恐れる一般人からすれば、大統領は速やかに最善の治療を受けたおかげで回復したのかもしれないが、普通の市民なら助かっただろうか、という疑問が残る展開だった。

 このことは、バイデン氏が掲げているオバマ・ケアの維持・拡充という問題とも間接的に関わってくる。トランプ氏はかねてから、オバマ・ケアを社会主義的だと批判し、今年の六月には、オバマ・ケアの根拠になっている医療保険制度改革法(Affordable Care Act)を無効にするよう、連邦最高裁に要請しており、現在審理中である。トランプ大統領が、連邦最高裁判事に保守派の女性を、選挙前に急いで指名したことは、この審理の行方に大きな影響を与えると考えられる。

 多くの州でPCR検査は無料で受けられるものの、感染が判明し、入院と長期療養が必要になれば、日本では考えられないくらいの高額を請求される。民間の医療保険に加入する負担を州単位で公的に補助する仕組みであったオバマ・ケアは、全国民に一律適用されるものではなかったが、それでも収入が不安定な層にとっては、無保険のまま、コロナの治療を受けねばならなくなるかもしれない不安を抱えるよりはましだろう。トランプ大統領は、暫定的処置としてオバマ・ケアを活用して、無保険者を救済することに消極的だ。

 オバマ・ケア廃棄というトランプ氏の政策は、アメリカ本来の自立の精神の復権を願う保守層の支持を得たが、感染症の死のリスクが高まっている現状では、話が違ってくる。コロナ禍が長引くとすれば、低所得の保守層が、従来と同じように、自立第一という態度を貫くのは困難になるだろう。 

■「アメリカ・ファースト」でなく「白人ファースト」

 トランプ氏の感染のために中止になった第二回討論会の代わりに、十月十五日に両陣営が行った対話集会で、トランプ氏がマスクを着用せず、支持者との距離が近い、通常とあまり変わらないスタイルの集会を行ったのに対し、バイデン氏が感染予防の観点から、ドライブイン形式での集会を実施し、自らは周囲に人の見えない広いステージで演説したのも対照的だった。

 人種差別に対する抗議デモへの対応でも、「敵」を名指しして糾弾する所から始まるトランプ流がうまく行かなかったようだ。トランプ氏は、黒人男性の死亡の原因である根強い人種差別にはあまり言及せず、もっぱら、抗議活動の一部が暴徒化していることに治安の観点から注目し、反ファシズムを掲げる左翼過激派Antifaの陰謀だとほのめかすツイートをした。これは、黒人などのマイノリティに優しい政党というイメージが強い民主党、特に、オバマ政権の副大統領だったバイデン氏に対する牽制の意味合いもあったのだろう。

 しかし、コロナ治療法の場合と同様に、これについても具体的な証拠があったわけではない。アメリカ建国以来の問題を、比較的最近結成された過激派の陰謀として片づけることには無理があるし、Antifaの問題に矮小化したことで、かえって、民主党・リベラルの多文化主義政策に対する批判と結び付けにくくなった。中道派のバイデン氏とAntifaを結び付けるのはさすがに無理があった。 

 二〇一六年の大統領選でトランプ氏は、国家資本主義によって不当な輸出攻勢を仕掛ける中国と、不法移民及び彼らを野放しにするメキシコなどのラテンアメリカ諸国を第一の「敵」にしたうえで、彼らに甘いリベラルを、第二の“敵”、あるいは「敵」の代弁者に仕立てた。黒人やアメリカ市民権を持つヒスパニックはむしろ、アメリカ・ファースト政策によって保護されるべき「味方」だと強調した。

 しかし、今回の選挙で、反差別活動をAntifaの仕業であるかのような発言によって、国内に主要な「敵」を作ってしまった。十月二十二日に行われた大統領候補の第二回テレビ討論でも、トランプ氏自身が白人至上主義(white supremacy)の支持者か、ということが話題になった。「アメリカ・ファースト」ではなく、「白人ファースト」だということになると、全く話が違ってくる。

 このことは、当然、トランプ流の反グローバリズムに対する評価とかかわってくる。四年前の選挙では、TPPに象徴される民主党政権のグローバル化路線に対し、トランプ氏の経済ナショナリズムが支持された。それは具体的には、不法移民や中国に抗して、“アメリカ人の雇用を守れ”ということである。しかし、今回はコロナの影響で、外国との交流が制限され、(移民労働者の受け皿になる)国内の経済活動自体が縮小しているため、アメリカの有権者の当面の関心事にはなりにくかった。

 

次のページトランプ氏不利の状況でなぜ勢いを盛り返したのか? 

KEYWORDS:

オススメ記事

仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25